50代になって妻にさえも意思が伝えられない?

2014-08-06

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■いまだに、意思が通じない?

 昨日も、妻と会話をしていて「そういう意味で言ったのではないのに」などと思ったものです。

皆さんも、妻や夫に対し、または子供に対して、何度もそんな思いをされたことはありませんか。

何十年と一緒に過ごせば、お互い相手をわかったつもりになって、「いつでもそんな風に考えるからしょうがない」、「性格だからしょうがない」などと、あきらめたところもあるのかもしれませんね。

偏見でこりかたまり、がんじがらめの状態。

相手がああだから、自分はこうなんだ。

と、お互いに思っている。

50代になり定年前になり、いまだに格闘している。

長く、一緒にいるのに、いまだに解決できないコミュニケーションの問題。

人類の長い歴史の中で、どれだけの人が同じ問題で悩んだのでしょう。

いいかげんに最適な解決方法が見つかってもよさそうなものです。

実に不思議です。

 

仕事では、組織として役割があり、仕事を完成させるという目的も共有されているので、とりあえず、ことは運んでいるでしょう。

なので、あまり大きな問題意識を持ちにくいかもしれません。

本当は、真の意味でコミュニケーションをとっていない。

あるいは、心底お互いを理解していないのかもしれません。

仕事なのだから人間関係にそれほど深入りする必要も無いと思っているかもしれません。

■自分の人生の価値を決定する家族

しかし、家族となると、そうは行きません。

なぜなら、会社は、定年後5年もいればその場を去って、それ以上の付き合いをすることは殆ど無い。

でも、妻や夫、子供となると、死ぬまで一緒にいる。

つまり、自分の人生の価値、満足感を決定する存在です。

配偶者の場合は、最適なパートナーであったのかとまで悩んでしまうかもしれません。

人類がずっと抱えてきたこの問題には様々な解釈があります。

神の意思だと考える人がいるかもしれません。

「今の自分は、すべて自分で選んだ結果である」と言う人もいます。

一生、恋愛をしているような夫婦でいることが理想であると考えるのは幻想(多分ハリウッド映画の影響)で、恋愛段階が終わってからどう過ごすかが重要であるというようなことも聞いた気がします。

■どう向かい合えば良い?

前向きにとらえられる人は、あるがままを受け入れながら、変わろうと努力できると思います。

ネガティブに考える人は、「あきらめ」て、どうでも良いと自分に言い聞かせて生きてゆくかもしれません。

家族や夫婦の場合、こういった思いが錯綜して、50歳を過ぎたいまでも、何を受け入れて、何を変えれば良いのか分からなくなることもしばしばです。

当事者になると、混乱します。

でも、そこにチャンスがあるのであれば、けっしてあきらめることなく、自分の理想の状態に向かって試行錯誤を続けて行こうと、日々奮闘中です。

それが、自分の人生を豊かにし、満足した人生、後悔の無い人生につながると信じるからです。

あきらめれば、全ては終わりです。

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