花子とアン、村岡花子の生きた証:生きた証、生きがいの見つけ方

2014-09-17

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■赤毛のアンのドラマ

9月15日は敬老の日で、月曜日ですが休日ということで、朝からNHKの朝ドラをみました。

視聴率が高い花子とアンです。

ご存じかとは思いますが「赤毛のアン」の翻訳者です。

「赤毛のアン」は大学生になってから読みました。

そして、月並みですが感動しました。

周囲の人を明るくする。

そんな女の子に心を洗われるような気がしたのです。

その後、カナダを自転車で横断した時も、そんな物語の舞台を見てみたいと思い、プリンスエドワード島にもよりました。

ちょっと、周囲の状況がイメージとは違ってはいましたが、物語の雰囲気は味わうことができたと思います。

■生きた証とは

 さて、その日のドラマの中で、主人公の村岡花子が自分の「生きた証」として赤毛のアンを訳すということを言っておりました。

自分でもしばらく、「生きた証」という言葉を使っていなかたので、あらためて、自分の生きた証は何かと考えさせられてしまいました。

この主人公のように、情熱を捧げて明確に作り上げる作品があり、その完成に向かって、わき目も振らず、全人生を掛けるといったことができるのであればなんと幸せでしょう。

羨ましい限りです。

実際は、そんなに、明確になっていなくて、自分の生きた証、生きがい、人生の意味はなんだろうと悩んでいる人が多いのではないでしょうか。

実は、私も分かっているようで、必ずしも自信を持って言えるようなものは無いというのが正直なところです

生きた証といっても、村岡花子のように、何か物質的なものを作りあげるといったことだけでなく、あることをやり続けたとかいう自分の行動、誰かに喜んでもらったとかといった周囲からの反応など、人によって様々だと思います。

結局なんだか良く分からない事だと言っているみたいですね。

■生きた証の見つけ方は

「生きた証」や「生きがい」、「生きた意味」とは(ここでは、あまりこれらを厳密に分けませんが)、自分のエネルギーを捧げた結果、あるいはそのプロセスに得られるものなのだろうと思います。

それが何であるのかを知る助けになるのは何でしょう。

私の場合、もちろん色々な本を読んだりして勉強することもありですが、気の合う仲間と何かをやったり話しをして、生きた言葉のキャッチボールの中で気づかされることがしばしばあります。

今、私は、自転車を通して仲間になって、生きがいを探こうと、仲間を募っています。

皆さんもサイクリングを通じて仲間になりませんか。

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