納得できる生き方とは?

2014-04-11

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■生きがいを求めて

あなたは、生きがいを求めて一歩踏み出そうとしているのでしょうか。私も、元気を出して一歩踏み出したつもりです。ただ、私のように、「現状に対する不安」がきっかけとなった人が少なくないかと思います。私の場合、人生を半分以上過ぎたという時間を強く意識しました。

■いままでの人生はなんだった?

若い時であれば「これまで、どのくらい生きたのか」と考えるところですが、私の場合、「あとどのくらい生きられるか」、「あと何ができるのか」が深刻な問題だったのです。心の奥には、既に生きていた半世紀もの時間が取り戻せないという喪失感を多少なりとも抱えていました。それでも、これから何をすべきかに集中し、一歩踏み出したのですが、どうしても、これまでの人生を正当化しないといられなかったのです。つまり、「これまでの自分の生き方は意味があった」と納得したかったのです。そうしないと、自分の人生の大半を無為にすごしてしまったと、後悔の気持ちが残ってしまうからです。

■人生はジグソーパズル

こういう場合に良く言われるのは、「人生に無駄なことは一つも無い」ということです。私は、これを「人生はジグソーパズル」と表現しています。どういうことかと言うと、仮に後先考えず(無計画)であったとしても、その時期特有の経験、能力を築くことになります。それにより四角いパズルの枠のある場所にいくつかのジグソーパズルのピースが固まります。次に、また別の場所に別のピースの固まりができます。それを繰り返すうちに、自分では意識していなかったとしても、ある時期に来たとき、そのピースの島と島の間がはっきり見えてきて、そこを埋めて行けば自分の人生が完成することがわかる。つまり、今までの経験全てがあって初めて私という人間が完成する。実際、自分の人生を振り返ってみると、まさにそうなっていると納得できたのです。

■自分の人生を選択しよう!

ところが、それでも何かが何処かで引っかかっていました。なぜなら「もし、また20歳に戻れるとしたら、同じことをするか?」と聞かれれば、答えは多分「NO」だったからです。このことは、しばらく放っておいたのですが、ある時納得できました。当たり前と言われるかもしれませんが、問題の本質は「自分で選択したのか」と言うことだったのです。自身を振り返ってみると、漠然とした人生のイメージをするぐらいで、いずれチャンスがやって来ると勝手な期待をしていただけで、年を重ねてしまった気がします。自分で、明日を、来月を、来年を、そして10年後を「選んで」、「決断して」、「行動して」いなかったということです。大学卒業して、会社員になって家族を持ってという規定路線を走っただけだったと。でも、過ぎたことはもうどうしようもありません。「人生に無駄なことは一つも無い」が普遍的真実だったかどうかは分かりませんが、私の場合は結果オーライと考えられそうですからOKです。

でも、これからは、自分の人生を、自分で選んで、決断して、行動しようと思います。

あなたにも、自分で選択すれば、きっと良い人生、満足する人生、後悔しない人生を送ることができるに違いありません。頑張りましょう。

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