東日本大震災津波被災地を巡る自転車旅行(その8)-生きがいを感じる親子の旅

2015-02-25

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大槌町役場が痛々しい。

8月13日朝6:30 目が覚める。し

かし、出発は9:30頃。

ホテル前で出発する時に地元の人が来たので復興の状況について話しを聞きました。

「心の復興も必要だ」と言っていたことが印象に残っています。

その人はホテルの顧問の人でした。

息子の乗っていた自転車のギアシフトの調子が良くないのでガソリンスタンドに寄りました。

ペンチを借りて調節したのですが上手く行かず、あきらめて出発。

大槌町11:50着。ほとんど復興できていない野原のままです。

津波で破壊された町役場が痛々しく立っています。

野原を走ってから12:22頃新しい建物のホームセンターに着きました。

元から津波に会っていなかったところなのでしょうか?

そこのフードコートで昼食。

13:15ホームセンター発。

釜石に着いて国道45号から町へ下る途中に復興商店街があました。

偶然、そこには自転車屋さんがありました。

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釜石復興商店街と復興住宅

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自転車修理中です。

息子の自転車のギアシフトとゆるんでいた後ろブレーキの調整をお願いしました。

ブレーキは直ったのですが、ギアシフトはパーツを交換する必要があるとのことで修理はできませんでした。

お店の人といろいろなお話ができました。

ついでなので、同じ2階建てのプレハブの中のお店をみてみました。

2階にあった看板屋さんは避難所の時から看板を描いて仕事をしていたとのことです。

芸術的な看板が飾ってありました。

被災当時のことも教えてくれました。

商店街を出発し釜石市街地を出てすぐ45号線沿いの、観音様がみえるあたりのスーパーで買い出ししてからさらに走りました。

トンネルを抜けてから唐丹駅(とうに)まで行ったところで暗くなってしまいました。

しかたなく、駅の周辺でテントサイトを探してうろちょろしていると、「寝るところを探しているのか?」と年配の男性から声を掛けられました。

最初は、公民館のところを使って良いと言わたので、公民館に行き、息子と夕食を食べていました。

食事をしながら、息子とはいつもより、もっと濃い話ができました。

旅は良いなと実感した時間です。

そうしているうちに、その男性が再び現れ、今度は、他の古い民家に連れていってもらい、そこに泊まることとなりました。

その家は、地元の名士のお医者さんの大きな屋敷で現在は、集会所として使われているようです。

その男性は漁協の組合長で、その日は、親戚に不幸があったとのことで、すぐに帰られました。

お風呂も使えたし、テレビもあり、カップ麺を食べて良いと出され、お酒も飲みなさいと勧められました。

ご厚意に本当に感謝です。11:30頃就寝。

翌朝、その男性が再び来て、家の中を案内してくれたり、巨人軍とのかかわりなど、面白い話しをしてくれました。

巨人軍の川上監督と懇意で、巨人の有力選手もそこで合宿したとのことです。

 

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